生憎と僕は君よりわがままなので



「まだ寝ないの?」

 現在時刻は午前一時。風呂に入り、パジャマに着替え、就寝準備は整っているというのに何故かいそいそとコーヒーを淹れ始めたアスカに、リビングからカヲルが怪訝そうな声を掛ける。

「これから深夜映画があるのよ。ずっと観たかった奴」

 何だかんだでレンタル店にも行きそびれてたし、と鼻歌交じりに答える。芳しい香りが彼女を更に気分よくさせた。マグカップ片手にリビングに戻り、ソファに腰掛ければ用意は万端。視線は早くもテレビに据えられている。
 しかしすぐ右隣に座っているのに眼中外にされたカヲルとしては面白くない。

「……僕、そろそろ寝たいんだけど」
「寝ればいいじゃない」
「一人で?」
「一人で」

 さも当然とばかりに軽く言い捨てる。

「なるべく起こさないようにしてあげるから、寝たら?」

 優しいようでいて単に素っ気ないだけの対応がカヲルを意固地にさせた。

「……じゃあ、ここで寝る」
「ここって?」

 不貞腐れ気味の低い声。不審がってアスカが視線を横に動かすと、彼は彼女に背を向けるような体勢でソファの肘掛けに両足を乗せているところだった。

「ちょっと、何やってんのよ?」
「だからここで寝るんだってば」

 言うが早いかゴロリと寝転んで彼女の膝に頭を乗せる。思わぬ事態にアスカはうろたえた。

「あんたねっ、ベッドに行きなさいよ、ベッドにっ!」
「いいじゃん、別に。ほらほら、映画始まるよ」

 慌ててテレビに向き直る。だが作品説明がされているうちにカヲルを睨み付けておくのは忘れない。映画を人質に取られたような格好で、甚だ不本意ながらも彼女は自分の膝を枕として提供することに同意した。
 映画はまず主人公の日常描写から始まった。平凡だが幸せな日々を送っていたところへある事件が発生し、それがきっかけで昔の恋人と再会する。忘れ去ろうとしていた想いを呼び覚まされた二人はやがて――。
 けれどもそこまで進んだ頃にはカヲルはすっかり寝入っていた。本気で眠かったのだろう。CMで中断されるたびにアスカは彼の顔を見下ろす。せっかく淹れたコーヒーにはほとんど口をつけていない。
 左手を銀の髪の中に埋め、右手で頬から顎にかけての線をなぞる。無防備な寝顔が可笑しくて愛しくて、声を出さずに笑った。
 CMが終われば画面に視線を戻すが、彼女の耳はつい、台詞ではなく穏やかな寝息の方を拾おうとする。映画の内容は半分ほどしか頭に入っていかない。それが悔しいような気もするが、不思議と大して腹は立たない。あんなに楽しみにしていた映画の優先順位が下がるほど、彼を膝に乗せた状態が気に入っているということか。
 でも、この体勢じゃキスはしにくいわね――。ぼんやり思って苦笑した。




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 貞カヲはあれこれ言葉を並べるよりも、手っ取り早く行動を起こしそうに思います。
 ちょっとだけオトナ向けなオマケ






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