わたしのお父さんは学者です。いつも研究をしています。
――その後、何て書いたんだっけ……。
駐車場へ続く長い通路を歩きながら、小学校の時の作文をミサトは思い出していた。
父が学者で、研究をしているのだということは分かっていても、何の研究をしているのかは分かっていなかった。研究以外に父がすること、例えば休みの日は何をして過ごすのか、どんなテレビ番組を見るのか、どんなふうに子供と遊ぶのか。それらも分かっていなかった。だから作文を書く手は途中で止まってしまった。父のことがそれ以上は書けず、母から毎日聞かされる愚痴も書けなかった。あの作文は、結局どうしたのだったろう。
父のことを思い出そうとすると浮かんでくるのは、机に向かっている後ろ姿。そして吹雪。寒い、寒い世界で、最後に目にした笑顔。
あんなところに連れていかれたせいで――。
失語症になったミサトを、母は泣きながら案じてくれた。だが死者に責めを負わせる言葉に対し、無音の叫びがミサトの内側で生まれ続けた。
違うの、お父さんは私を助けてくれたの――。
お父さんは――。
お父さんは――私を――。
その事実がミサトを今も縛る。逃れられない。父からも、使徒からも。傷跡となって体に刻まれ、十字の形を取って胸元で揺れ――いや、十字は誰からも強いられたものではない。なのに身に着けているのは――離さないのは――
目付きが険しくなっていそうな自分に気付いて、ミサトは顔面に込めてしまっていた力を緩めた。溜息ではなく吐息をつき、腕の中に抱えているものを見下ろす。と、今度は意図しなくても少し口元が緩んだ。一方の相手はというと、眠いのか、大口を開けて欠伸をする。
彼女が抱えているもの。登録名称「BX293A PEN2」。新種の温泉ペンギンでオス。用済みとなった実験動物。
処分されると聞いて引き取りを考えたのは、おそらく最初はただの憐憫の情からだった。手間と金という現実的な問題にすぐに思い至り、迷いが生じ、しかしあまり長く悩むことはなく、ミサトは今日こうして連れ帰ることを決めた。
だって彼は、一緒にビールを飲んでくれるかもしれないのだ。
もはや彼女は一面トップと三面記事くらいしか読まなくなった新聞を、隅々まで読んでくれるかもしれないのだ。
「ただいま」と彼女が帰宅すれば、テレビを観ていた顔をちょっとだけ動かし、「お帰り」に相当する言葉を言ってくれるかもしれないのだ。
父を、次いで母をも亡くして以来の、家族になってくれるのだ。
その期待がミサトの作文の記憶を呼び覚まし、家路を辿る胸を弾ませる。
「名前、どうしようか。ペンペン……は安易すぎるかな、やっぱり」
ペン太郎、ギン之助、ポチ、オリバー。歩を進めつつあれこれ考えてはみるが、何だか捻りすぎなようでしっくりこない。どうしたものかと再び視線を落とすと、素直に見返してくる丸い目がある。
「……いいか、ペンペンで」
捻らなくていい、素直にいこう。思ったままに、そのままに。
ペンギンはクア、とだけ言った。断固拒否という響きではないとミサトは受け止めておく。
「これからよろしくね、ペンペン」
それは14歳の少年が家族に加わる、少し前の出来事。
私の家族になってください
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ペンペンを書きたいというのがまずあって、必然的にミサトも出てきて、南極繋がりで葛城博士も絡めたらこうなりました。