・その壱 ・その弐 ・その参 ・その四 ・その伍 |
カヲルの手がさわさわとレイの頭を撫でる。 「……何?」 「塞ぎ込んでいるようだったから」 「……そうね」 口にこそ出さないでいたが、それは正解だった。 「今日も注射を受けてきたから……」 こんな時には下手な慰めなど欲しくないと、カヲルはよく分かっている。だから彼はただ、より一層の労わりを手に込めるだけにしたし、レイも抵抗なくそれを受け入れた。 「でも、どうして頭を撫でるの?」 「僕の気が滅入っている時に、アスカがしてくれるんだ。そうすると、少し落ち着く。君にも効果があるといいんだけど」 「……なくもないと思う」 「それならよかった」 さわさわと、優しい音が続く。 「セカンドにも、よくこうしてあげるの?」 「いや、あまりないな。撫でるより髪を梳きたくなるから」 「髪を……?」 レイは小さく首を傾げ、自分のそれに指を通してみた。 「こんなふうに?」 「そう。触りたくなる。髪の一房一房を手に取って、指で梳いて、口付けがしたくなる」 「口付け……」 柔らかな笑みを含んだ瞳と、素朴な好奇心を宿した瞳が出合う。 「……人を好きになると、そんな欲求が出てくるの?」 「うん。その人にだけ、したくなる」 「いいわね……」 羨望とも憧憬ともつかない感情が、レイの胸に湧き上がる。彼女はまだ知らない欲求。異性に対する愛。 それを知ったらどうなるのだろう。彼が彼女にするように、その人に触れてみたくなるのだろうか。 その人の髪を、手に取って…… 「……丸刈りだったら?」 ピタリ、と頭を撫でる手が止まる。 「その人の髪が梳けないくらいに短くても、やっぱり梳きたくなるものなの?」 「…………」 しばらく二人は、無表情に向かい合う。 「……どうなんだろうね」 「どうなのかしら」 「じゃあ、もし君が丸刈りの人を好きになったら、結果を教えて」 「分かったわ」 「言っておくけど、人の髪を無理やり刈ったら駄目だからね?」 「……駄目?」 「駄目」 「もうっ、ちゃんとやってよねっ!」 掃除終了後、バケツに無造作に突っ込まれたままの雑巾を見てヒカリは憤る。当番の生徒達に注意しようにも、彼らはさっさと帰った後だ。仕方なく自分で干し直そうとして、更にヒカリは顔を顰めた。雑巾がきちんと絞られていない。 「全く、みんな本当にだらしないんだから!」 ブツブツ文句を言いながらバケツごと水道のところまで運ぶ。放っておけばいいのだろうが、それが出来ないのが彼女の性分である。 しっかりと絞り直してバケツの縁に掛け、二枚目を取り出そうとした時、横から手が伸ばされてきた。 「あ、渚君……」 「大変そうだね、手伝うよ」 「ありがとう」 二人でやると作業も早く、バケツの半分ほどもあった雑巾はどんどん減っていく。 「こうして手伝ってくれる男子なんてほとんどいないのよね。みんな、言われて初めて渋々やるんだから」 「洞木さんは誰に言われるまでもなく、誰もやらないでいることをやるよね。とても偉いと思う。尊敬するよ」 「尊敬だなんて……単に委員長だからやってるだけだもの」 照れ笑いして謙遜するヒカリに、それは違うよ、とカヲルは首を振る。 「委員長だからじゃない。みんなの嫌がるような仕事でも率先して行うから、君は委員長と呼ばれ、頼られ、称えられる。立派な美点だよ。もっと自信を持った方がいい。君はとても素晴らしい人で、好意を受けるに値するんだ」 「渚君……」 非常に曖昧に微笑むヒカリ。 「後ろ」 「後ろ?」 言われて彼は肩越しに振り向く。 「……やあ、アスカ」 「ど〜も」 「じゃあ、これは私が教室に持っていくわね。本当にありがとう、助かったわ」 バケツを手に、そそくさとヒカリが去っていく。後には気まずい雰囲気の恋人同士が残された。 「……手伝っていただけだよ?」 「分かってるわよっ」 アスカだって本気で怒ってなどいない。カヲルにとって「好き」だの「好意に値する」だの言うことは、「空が青い」とか「雲が白い」とか「鈴原トウジはジャージだ」とか言うのと同じ程度のことなのだ。いちいち腹を立てていたらきりがない。 それでも笑って聞き流せるものでもなかった。 自分の非は認めているのか、手を洗いながらカヲルが難しい顔をする。 「つい癖で言ってしまうんだよね。特に女の子相手にはやめた方がいいと分かっているのに」 「別に〜? 素直な気持ちを口にしているだけなんでしょ〜? 言いたきゃ言えば〜?」 台詞と裏腹な不機嫌そうな口調に苦笑いし、何か良い案はないかと考えを巡らす。 「あっ、そうだ。差別化という意味で、アスカには今後『愛している』と言うことに――」 「いきなりバカ言ってんじゃないわよ、あんたはーーーっ!!」 第24話 〜綾波レイの場合〜 「そして君は、死すべき存在ではない」 「…………」 五秒後、零号機の右手が動き出す。 「あ、もう殺るんだ」 「やめてほしいの?」 「もう少しは悩んでほしかったかなぁ、という極めて個人的な願望さ」 「じゃあ、あと何秒か経ってからにするわ」 「いや、いいよ。今更悩むふりをされても白々しいし」 「そう。それじゃ」 ガション。 ボチャン。 →このページのTOPへ →小説一覧へ →HOME |
例えばこんなヤシマ作戦 Part1 「私は死なないわ。あなたが守るもの」 「あ、綾波……?」 「さよなら」 「さよならなんて不吉なこと言うなよ、綾波ーーーっ!!」 「……という夢を見たんだ」 午前の戦闘訓練を終えての昼食の席。シンジの話が終わると四人の間にしばし微妙な沈黙が落ちた。レイがたぬきそばを啜る音だけが響く。 「……ファーストならそれくらい言いかねないって気はするけどね」 「綾波さんに何かひどいことでもされたのかい……?」 「そう、碇君は私をそんなふうに見ていたのね」 「い、いや、ただの夢だって!! 何も他意なんてないよ! ほら、悪い夢は人に話した方がいいっていうから……」 「それよりさ、状況としては作戦行動直前って感じだったんでしょ? 何であんたとファーストだけだったわけ? 私とカヲルはどうしたのよ?」 「んー……よく分かんないけど、二人はとにかくいなかったんだ」 「はあっ!? あんたの脳内じゃ私ら抹消済みなわけっ!?」 「そうか……シンジは僕達のことをそう思っていたんだ。悲しいな」 「二人は用済み。そう言いたいのね?」 「ち、違う違う違うっ!! そんなことはこれっぽっちも――」 その時鳴り響いた警報に、シンジは心の底から感謝した。 「これが今回の使徒よ。迎撃方法なんだけど……って、あんた達、聞いてる?」 スクリーンに映る正八面体を前に何とも形容しがたい表情なパイロット達に、ミサトは怪訝そうに首を捻った。 例えばこんなヤシマ作戦 Part2 「これが正夢って奴なのかしらね……。でも能力とか肝心なことは全然分かんないんじゃ、役に立たないわよ!」 「だって夢なんだからしょうがないだろ……。使徒の外見や綾波との会話しか覚えてないんだよ……」 「とにかく、やるしかないね」 「…………」 四者四様に出撃準備を整えたのを見届け、モニター越しにミサトが作戦の最終確認を行う。 「みんな、いいわね? 地上に出たら波状攻撃。普段のシミュレーション通りに頼むわよ。……エヴァンゲリオン、リフトアップ!」 エヴァ四機がカタパルトで運ばれ、地上への射出が間近に迫ったその時になって「……あ」とシンジが声を上げた。 「何よ、シンジ?」 「その……思い出したんだ、あの使徒の特徴……」 「な、何よ、言いなさいよ……」 硬く強張った声音を耳にし、自然とアスカにも緊張が走る。カヲルとレイも続く言葉を待った。 ガタン、という振動。次の瞬間訪れる、猛烈なG。エヴァが射出口を駆け上る。その最中にシンジは告げる。 「地上に出た瞬間を狙って撃ってきたんだ……」 「早く言いなさいよバカシンジぃぃぃぃぃっ!!」 その頃発令所では「使徒の内部に高エネルギー反応!」という報告が上がっていた。 「いやぁーっ!! 誰か止めて止めて止めてーっ!!」 「これはもう、運を天に任せよう……」 「誰が狙われるかは、単純計算で確率四分の一……」 そして、加粒子砲が発射される。 「バカシンジ……」 「シンジ……」 「碇君……」 「「「さよなら」」」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」 尊い犠牲を出しながらも、三方向からのエヴァの蹴りにより使徒ラミエルは殲滅された。 例えばこんなヤシマ作戦 Part2' ドロドロに溶けたエントリープラグへとレイは走った。無我夢中で。脇目も振らずに。倒した使徒のことなどもはや意識の外だった。 辿り着き、ハッチを開けようとして熱に思わず手を放してしまうが、すぐにまた握り直した。プラグスーツが溶ける匂いも両手に伝わる熱さも我慢し、渾身の力でこじ開ける。流れ出てきた湯気の立ち上るLCLを跳ね上げて、プラグの中に半身を飛び込ませる。 「セカンド、セカンド!!」 レイには自覚する余裕もなかったが、彼女がこれだけ必死な声を出したのは初めてだった。ぐったりとシートに倒れ込んでいた少女が呼び掛けに反応し、目を開いてくれた瞬間の喜びも、経験したことのないほどだった。 「……ファースト……何泣いてんのよ」 「泣いてる……? 私が……?」 アスカに指摘されてようやく、頬を伝う雫に気付く。 「……セカンドが、死んでしまうかと思って。盾は私がやるつもりだったのに……」 「言ったでしょ? いずれあんたに借りは返すって。これでチャラだからね」 「そんなこと、どうでもいい。セカンドが生きていてくれたから……」 拭った手に付いている涙を、レイは不思議そうに見つめる。 「変ね……。嬉しいはずなのに……」 「……あんた、バカ? 嬉しいなら普通は笑うのよ」 キョトンとして、それからレイは花が綻ぶような笑顔を見せた。アスカもニッと笑い返す。 白く輝く月の下、二つの影は寄り添いながら歩いていった。 そしてまた。 遠くから見つめる影も二つ。 「何かこう……僕らの存在って忘れられているような……」 「綾波さんに妬いても仕方ないんだけど……妬けるね……」 →このページのTOPへ →小説一覧へ →HOME |
「そう……洞木さんは鈴原君が好きなのね」 「な、内緒だからね?」 「髪を梳きたいと思う?」 「は?」 その壱参照。 こだわる綾波さん。 「碇君は、好きな人がいる?」 「いきなりだね……。いや、今は別に」 「以前はいたの?」 「小学校の時、同じクラスにすごく可愛い子がいてね。その子がちょっと気になってた」 「告白はしなかったの?」 「まさか。そんな真似したら気持ち悪がられたに決まってるよ」 「そうなの? ……よく分からない」 「僕は、その……女の子にモテるようなタイプじゃないし……。僕なんかに告白されたって誰も喜ばないよ」 「……それは違うと思うわ。碇君が伝えようとすれば、きっと心は伝えられる」 「そう、かな?」 「フィフスを必死になって連れて帰ってきたわ。好きな人が相手だと、出来ないの?」 「アハハッ、そうだね、そうだった。……ありがとう、綾波」 →このページのTOPへ →小説一覧へ →HOME |
◆需要があるのかないのか分からないLRSの巻 「碇君、ベッドの下にあったこの本は何?」 「ああっ!! ……い、いや、それはただ……ケンスケから……」 「胸部と臀部は大きければ大きいほど良い――男性に多く見られる嗜好。碇君もそうなのね」 「い、いや、その……」 「対して私の胸部、臀部は平均値を下回る。不満なのね。物足りないということなのね」 「この本はたまたま……」 「別れましょう」 「ごめんなさい綾波ごめんなさいだからちょっと待って綾波ねえ待ってってばごめんなさいもう借りないから許して綾波物足りないなんて思ってないから」 ◆LRSを書いた以上はLAKも書かないわけにはいかないでしょうの巻 「ちょっと、何よ、この本はっ!!」 「あぁ、見つけてしまったんだ。いや、後学のために読んでおいた方がいいと言われてね」 「何が『後学』だか! 大体こんなの本棚に置いとくんじゃないわよ!」 「木を隠すなら森の中、というだろう? さすがに表紙は見えないようにしたし。でも発見されたら意味がないな」 「冷静に分析してんじゃないっ!! さぁて、この落とし前はどうつけてくれんのかしら?」 「分かったよ、やはり女性としてはいい気分じゃないだろうからね。君の望みを何でも聞こう」 「この前の服、プレゼントしなさい! それから豪華ランチも奢ること! 当然食後にはデザートあり! えーっと、それから……」 「とりあえずは、キスして抱きしめることで誠意を示していいかな?」 「……しょうがないわね。詫びたいっていうなら詫びられてやらなくもないわ」 ◆オマケのLHTの巻 「鈴原、何て本を持ってるのよっ!!」 「え、ええやん、オトコなんやからそれくらい……ゴフッ!!」 「バカ!! スケベ、ヘンタイ、信じらんない!! バカ、バカ、バカ、バカ、バカ鈴原!!」 「ちょ、ま、本気で待ってくれんか、死んじま……ゲハッ!!」 鈴原トウジの顎に弁当箱がクリーンヒット! 163のダメージ! 返事がない。ただの屍のようだ。 ◆更にオマケのLKAの巻 「やっぱ洋物だよな。う〜ん、さすが無修正は迫力が違うね」 (LKA=Lonely Kensuke Aidaの略) →このページのTOPへ →小説一覧へ →HOME |
「すまないけど、君が何を言っているのかよく分からないよ。多分僕は二人目だと思うものでね」 「え……ちょ、ちょっとカヲル、どうしちゃったのよ。二人目って一体……」 「ちなみに僕は三人目ー」 「はぁっ!? カ、カヲルが二人!?」 「おや、僕のダミーだね」 「君だってダミーはダミーじゃないか」 「ふふっ、確かに。再生の途上で魂が二つに分かれてしまったのかな?」 「な、何訳の分かんない会話してんのよっ! 本物のカヲルはどこ!?」 「本物、ね……。聞きたいんだけど、本物の僕ってどんなだい?」 「そりゃあ勿論、いっつもニヤニヤ笑ってて、性格が悪くて根性が捻じ曲がってて――」 「だったら僕らと同じじゃん」 「それもそうね……って違うっ!! 言葉で説明すると同じようになっちゃうけど、中身はまるっきり違うの!!」 「どんなふうに?」 「えーっと、もっと優し……くはないわね。えーっと、えーっと……」 「「ほらほら、早く答えないと食べちゃうよ?」」 「ぎゃーっ、ちょっと待って、いやあぁぁぁ!!」 「う、うう……しぬのはいやしぬのはいやしぬのはいやぁ……」 「……セカンド、うなされてるわね」 「そんなに古典の居残り授業が辛かったのかな……」 多分二人目は新劇版(服あり)。 「あの、ミサトさん。フォースチルドレンってのもいるんですよね?」 「いるわよ。アメリカ第一支部所属、3号機専属パイロット。まだエヴァを起動させるには至っていないそうだけど。……気になる?」 「ええ、それはやっぱり」 「残念ながら男の子よん?」 「そうじゃなくて! 会ったことはなくても同じチルドレンなら仲間みたいなものだし……」 「確かお姉さんも妹さんもいないわよん?」 「だからそこから離れてください!!」 「有限の日々」でトウジがパイロットになっていないのにカヲルがフィフスなのは、こういう設定なんだということで。 →このページのTOPへ →小説一覧へ →HOME |