「すまなかったな、シンジ……」
それがあなたの望みなの?
望み……?
望み。
私の……望みは……
――我に返った。
直後、置かれている状況の異様さに戸惑う。
けたたましく鳴り響いている警告音。
右から左から聞こえてくる、緊迫感に満ちた声。
何が起きた?
いや、その前に……
何だ、これは……?
管制室……? エヴァの実験棟の……何故私はここにいる。
確かターミナルドグマでレイと……あぁ、そうだ……レイは行ってしまった。飛び立ってしまったのだ、私を置いて。呼んでいると言って……。
辺りを見回し、現状の把握に努める。だがそれは違和感を更に強める結果となった。
子供。正面の強化ガラスの向こうにはエヴァの素体。私の隣に立つのは冬月。だが髪にはまだ黒いものが多く残っていて若々しい。その先には赤木ナオコ博士。死んだはずの彼女が、冬月とともに研究員達に指示を飛ばしている。研究員――そう、研究員だ、ネルフのオペレーターではない。彼らはゲヒルンの……。
この光景。
この時間を私は知っている。
ユイが消えた瞬間だ……。
これは夢か……?
それともこれこそが魂の補完か? あるいは私に対する罰なのか?
狼狽の声、警告の音、絶望の報告。やめろ……こんなものは一度でたくさんだ。もう聞かせるな、私に見せるな!
流れてくる情報を遮断したくて耳を押さえ、首を振る。その拍子で子供の姿が再び視界に入った。
……子供。
強化ガラスの手前にいる子供。
身動き一つせず佇んでいる子供。
あれは……
あの子供は……
「碇……?」
椅子を蹴って立ち上がる。冬月に怪訝そうな声を掛けられたが応じる余裕はない。机を回って前方へと歩いていく。
子供はガラスに両手をつき、額を押し付けて向こう側を見ていた。その目が何を捉えたがっているのか、知っている。
息を吸い、初めて唱えるまじないの言葉のように、一音一音を紡いで呼ぶ。
「シンジ」
子供がゆっくりと振り返る。
顔は強張り、瞳は見開かれ……怯えていた。涙さえ流せないほどに。
何が起こったかはきっと理解出来ていないだろう。だが何かが起きたとは感じているに違いなかった。母の身に、何かが起きたのだということは。
その唇が微かに動く。声は伴っていない。しかし言おうとした言葉は察し得た。
とうさん、だ。
『父さんは僕がいらないんじゃなかったの……?』
押し寄せてくる記憶。
『裏切ったな……僕の気持ちを裏切ったな……父さんと同じに裏切ったんだ!!』
目の前の幼い子供に、十四歳の子供が重なる。
『父さん、そこにいるんだろ!?』
『何か言ってよ!!』
『答えてよ!!』
……一歩。二歩。
子供に近付く。
私の子供に。
じわり、と。シンジの目に涙の粒が浮かんだ。
屈み込んで両腕を伸ばし、胸の中へと抱き寄せる。
小さな小さな手が私にしがみ付いてきた。
離すまいとばかりに強く……強く。
こうすればよかったのだ。最初から。
何故、してやれなかったのだろう。
あの時シンジを抱きしめていたなら、きっと私達はもう少し違う道を歩んでいけたのに。
あぁ……そうだな。
確かにこれは、私の望みだったのだ……。
贖罪 〜彼の歩む道〜
prologue
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