「赤木博士はMAGIのプロテクトに掛かってくれ。葛城三佐は地上からの侵攻に備えた封鎖線の構築を。パイロットはプラグスーツ着用の上でケイジに待機させろ。レイは初号機の側へ」

 各人が作業に取り掛かる。同じ人間から攻められていることへの衝撃、対人戦闘も視野に入っていることへの困惑、私に従うことへの抵抗感……内心様々な思いがあるにせよ。
 冬月は下で陣頭指揮を執る。司令席には私一人だったが、やがてリリスレイが戻ってきて定位置に当たる左横を占めた。

       「まだ状況に変化はないようね」

 今のところはな。
 念のために備えはしているが、実際に戦火まで交える気はない。決着は早々につける。
 席に座したまま、黙然と待つ。各国のMAGIが一斉にハッキングを仕掛けてきている。日本国政府はネルフの法的保護を破棄し、指揮権も剥奪した。平和的解決へ向けた最終勧告を突き付けてきたに等しい。皆が忙しく対応に立ち回る中、私とリリスレイはただじっと待つ。
 やがて、

「回線に入電! 識別コードは――」

 ――来た。
 繋げ、との命令から一拍を置いて届いた音声は――





贖罪 〜彼の歩む道〜

episode 21





『万事上手く運びました。人類補完計画の全容は日本政府の知るところとなり、少なくとも戦略自衛隊の投入には猶予を置くことでしょう』
「加持ぃっ!? あんた、何やってんのよっ!?」

 御苦労、との私の返答を掻き消さんばかりに、裏返った声が響き渡る。

『よっ、葛城。松代で碇司令の手伝いをちょっとな。土産は何がいい? 野沢菜?』
「馬鹿言ってんじゃないわよ! そもそもあんた何で……あんた……」

 怒鳴り飛ばした勢いは長くは続かず、へなへなと葛城君はその場にうずくまり、両手で顔を覆った。通信が終わるまでに彼女に向けた気障な言葉は二、三続いた。
 呆気に取られているオペレーター達に簡潔に事情を説明する。松代を始めとした五体のMAGIが本部のハッキングに入るのを待ち、その間隙を突く形でこちらからも仕掛けたのだ。手薄となった防御網、リツコ君が用意したプログラム、加持リョウジの諜報能力と政府の防諜機関についての知識――これらを組み合わせれば、真にサードインパクトを企む存在を暴露することはそう難しくない。
 数ヶ月前、突如失踪した加持リョウジの所在は徹底的に捜索された。五体満足での発見よりもむしろ、死体を期待してのものだったかもしれない。しかしそれすら誰も見つけられなかった。失踪者もプロなら捜索者もプロ。手抜かりはなかったろう。単純に、どうしても踏み込めなかった場所があっただけだ。ネルフ最深部、ターミナルドグマ。そこに加持リョウジを匿い――「はっきり『軟禁』とおっしゃってくださってもかまわないんですが」と苦笑していたが――もはや一諜報員の行方など大事の前の小事にすぎなくなった頃合いを見計らって、活動を開始させたのだった。

「上手くいったようだな」

 軽く腰を叩いて伸ばしながら冬月が司令席へ戻ってきて、いつも通り私の右横に立つ。リツコ君のプロテクト作業も順調な進捗を見せていた。MAGIに関してはもう心配はないだろう。
 だがこれで終わったわけでは勿論ない。まだ一つ障害が残っている。いや、九つというべきか。
 モニターの中で動く九個の点。第3新東京市に近付いてくる飛行物体を示すもの。
 九機の輸送機――九機のエヴァシリーズ。

「さすがにこちらは思い留まってはくれないか」

 下層にいる者達をいたずらに動揺させまいと、冬月が声を潜める。

「全機投入とは大袈裟な真似を……。だが九対二はさすがにきついな」
「心配には及ばん」
「簡単に言うがS2機関搭載型だぞ? 楽に勝てる相手ではない」
「そもそも戦う必要がないのだ。――そうだな?」

 後半はちょうどリフトで昇ってきた、先程リリスレイが呼びに行った相手に向けたものだった。「はい、御安心を」と応じるその子供を見た途端、がくんと顎が外れそうなほどに冬月の口が大きく開き、次いで血相を変えて私に詰め寄ってきた。

「碇ぃ!? 何故この使徒が生きて……お前……お前、何を考えているっ!? 使徒を生かして一体何を――」
「こいつがいた方がレイの存在が安定しやすい」
「なら仕方がないな」

 うむ、その切り替えの早さが嫌いではないぞ、冬月。
 リリスレイの横に悠然と並んだフィフスチルドレンの姿は下層からも丸見えで、冬月の怒声によって集まった注目はそのまま絶句に移行した。まぁ、司令と副司令と使徒が並んでいる図というのはなかなかシュールなものがあるだろうな。プロテクトを終えてMAGI内部から出てきたリツコ君も、何げなくこちらに向けた視線を素通りさせた次の瞬間、目を剥いてフィフスチルドレンを二度見した。

「……紹介しよう。本部防衛のために新しく採用した要員だ」
「渚カヲルです。特技は制式タイプのエヴァを操ることです。よろしくお願いします」

 葛城君の不信感たっぷりな刺々しい眼差しと、リツコ君の詰責の眼差しが実に痛い。日向二尉、青葉二尉、伊吹二尉の、もはや困惑も反発も通り越して虚無的になるほど呆れ返りましたといった面持ちも地味にきつい。だがとりあえず今はこれで納得してもらおう。
 “他人”である使徒を残すことによるレイのATフィールドの維持。そして量産型エヴァとの戦闘の回避。この二つの大きな利点があるからこそ、フィフスチルドレンの生存に手を貸してやったのだ。一人で完徹してまで特殊効果装置を作り――あの時加持リョウジが不在でなければ、奴にも手伝わせられたものを――シンジを殴るという重大事故に見舞われてまで! 家出騒動や正座後の地獄の苦しみも、歯を食いしばって乗り越えて!

       「根に持ってるわね」

 そうしている間にも輸送機は第3新東京市へ迫る。上空に達するまであと十五分とかかるまい。使徒のことはひとまず脇に置き、皆が警戒に当たる。
 光点を見つめながらあらためてフィフスチルドレンに確認する。

「どのタイミングで仕掛ける?」
「さすがにある程度近くまで来てもらわないと。ジオフロントには入れてやってください」
「出来なかったでは済まさんぞ」
「大丈夫ですよ。いずれも源は同一、擬似的に宿らされている魂も僕を基としたもの。アダムが命じれば従いますよ」

 ふと引っ掛かりを覚えた。どこか客観的な物言い。
 訝しんでリリスレイの無表情越しに眺め遣ると、どうかしましたか、と愛想よく笑い掛けられる。

「……本来の肉体に戻る気か?」
「いいえ、当分そのつもりはありませんよ」
「そうだな、そんな真似はしなくともお前はアダムだ。時と空を越えし――」
「それが僕だと誰が言いました?」

 愕然と半身になって向き直る。見上げる形の視線を真っ向から受け止めるフィフスチルドレンの顔には、彫像めいた微笑。それが急に得体の知れない不気味な闇に見えてくる。リリスレイは能面の無表情さをまるで変えない。
 どうした、と冬月に怪訝そうに尋ねられるが、答えるどころか振り返る余裕もなかった。
 冷気が背中を這い登る。胸がざわざわと嫌な騒ぎ方をする。私は何か……大きな思い違いをしていたのか……?
 唾を呑み込み、湿らせた喉で辛うじて声を絞り出す。

「……お前は……誰だ……?」

 優雅に笑み返される。

「タブリス、ですよ。この世界のアダムより生まれ、宿る器を替えながらヒトの心と知識に接し、最後には自らもヒトの形へ行き着いた使徒」
「では時空を越えしアダムはどこにいる……?」
「あなたのよく知るところですよ。そう……あなたはよく知っている」

 思わせぶりな言い方が息苦しい圧迫感をもたらす。よく知っている、だと……? どういうことだ? 何が言いたい?
 必死に思考を働かせる私の目の前で、冬月が上下に手を振る。うるさい、お前の相手をしている暇はない。
 胎児の形状のアダム――あれは間違いなく抜け殻だ。魂は存在していない。ならばエヴァか? いや、そんなはずもない。ではどこだ? こいつが言わんとするものは何なのだ? 魂の場所――宿る器――時空を越えてきた魂――

       『あなたの奥底で眠っているわ』

 不意に、かつて聞いた言葉が脳裏をよぎる。
 この世界の私の魂はどうなったのか。尋ねた私に、リリスレイが語った言葉。

       『例えるなら、別の世界からやってきたあなたという重しに上に載られて、
        深い場所に沈んでいるだけのようなもの。
        あなたが退けば浮かび上がり、目覚めるわ。
        やってみる?』

 ……私は、この世界の私の魂の上に載り、肉体を己がものとした。時を少し巻き戻しただけの、扱い慣れた自身の肉体。違和感は最小限度に留まり、支障らしい支障は出なかった。不満はなかった。だから今の今まで、こんな仮説を立てた試しもなかった。
 ――もし……もし、別の肉体に宿ることも出来たのだとしたら?
 ――リリスレイ次第ではそれも可能だったのだとしたら?
 ――アダムの魂は使徒でもエヴァでもない肉体を器にしたのだとしたら?
 推論を進めるにつれて呆然自失の度を深めていく私に、聞こえているのか、と冬月がしつこく呼び掛ける。フィフスチルドレンは愉快そうに目を細める。

「正解は彼に直接確かめてください。もうすぐここに来ますから」
「どういうことだ――?」

 問いに答える代わりに顔を上向かせ、虚空へ歌い掛けるような調子で告げる。

「僕は彼と一つの生を生きる。二つの魂は時と空を越えて交わり、かくして孤独は永遠に去る。……感謝申し上げますよ、この巡り合わせに」

 再び私の方へ向けられた表情には、子供の無邪気な喜悦と老成の果ての虚心とが奇妙な同居を果たしていた。

「後は彼に委ねます。たまには僕が出てくるかもしれませんが、その時はよろしく。では」

 一方的に言い終えるとフィフスチルドレンは目を閉じる。次の瞬間、姿形はそのままに、例えるなら纏う空気の質とでもいうべきものが微かに変化した。『来た』らしい。
 ゆっくりと双眸が開かれ――途端、既視感を覚える。こいつを……このアダムを私は知っている?
 頭よりも肌で感じる。確かに相対したことがある。おそらく一度や二度ではないくらいに。だがどこで? いつ向き合った? 私のよく知る、どこにいたと……。
 こちらの困惑を見透かし、ヒントを与えるつもりでか、目付きと口角を意味ありげに変化させてくる。尊大ぶったものへ。座っている私よりも高い位置にあるそれが、漠としていたイメージに一定の方向性を与える。
 ……そう、このアダムが宿っていた器は、決して私に友好的な相手ではなかったはず。利用価値だけで繋がっているような関係。尊大に構えて私を見下し、こうして見下ろし――見下ろし!?
 愕然となって喘ぐ。まさか……まさか、まさか……
 ぎこちなく、私の口が一つの名を紡ぐ。

「……キール……ローレンツ……?」

 私のよく知る相手。それとは似ても似つかない姿と声をした者が、私のよく知る相手と同じ抑揚と間合いとで――

「『議長』だろう、碇? ――とまぁ、そういうわけです」

 応じた直後、へらりと笑み崩れ、同時に私の中にある何かもまた、音を立てて崩れ去る。





 人類補完計画。
 闇の支配者。
 数々の喚問。
 嫌味と皮肉。
 面従腹背。
 権謀術数。

 だが実際は……

 あの中身は……





 肩や指先がわなわなと震え出す。視点をリリスレイへと合わせると、実に白々しい表情で明後日の方を向かれた。

       「……ハッピーエンドが見たかったから」

「お前が私に付いてこいつがキール・ローレンツに憑いていたなら、そりゃハッピーエンドにもなるわっ!!」

 壁に突進して原初の言語を迸らせながら全身全霊で腹立ちをぶつけまくる私の耳に、冬月が内線を掛ける声が遠く届く。フィフスチルドレンというかアダムというかキール・ローレンツというかはすっかり素になり、私に更なる呪詛を吐かせんばかりに、にこやかだ。

「馴れ合いが生じるのは避けたかったんですよ。敵を欺くにはまず味方からというじゃないですか」
「嘘をつけっ! 面白がって黙っていただけだろうっ!?」

       「そうともいうわね」

 思えばリリスレイがゼーレの存在を問題視したことなどほとんどなかった。冬月も逃がしてもらえて当然だ。キール・ローレンツが協力者ではなっ!
 私がこの世界でずっと相対してきたキールの中身はこいつ……敵愾心を燃やし、対抗策を練り、丁々発止の遣り取りを繰り広げてきたと思っていた相手は実際はこいつ……あれもこれもどれも全部こいつで、時にはモノリスの向こう側にリリスレイもいて、二人して私をニヤニヤ眺めて……ふ、ふふふふふ、ふははははは……!!

「ちなみにリリスレイの投稿は、僕の代筆によるものでした」
「それもお前かっ! というかキールかっ!」
「結構大変だったんですよ? 時差を考慮しながら生放送に合わせてメールを送ったり、読まれずに済むよう、日本語の全く分からない人間を選んでハガキを託したり。当人はこちらの都合などまるでお構いなしで早く書け、すぐに書けとうるさいし、熱心な割にネタは平凡極まりなくて文学的センスも欠いていて」
「その上抽選にもろくに当たらん。救いようがないな」

 激しく上がった反論の声には、揃って無視を決め込んだ。

「それに比べれば成り済まし自体は楽でしたよ。顔も指紋も声紋もDNAも間違いなく本人のものですし、喋り方も熟知していましたから、せいぜいサインや口の動かし方を練習したくらいで。たまに辻褄の合わないことを言ったり人の顔を覚えていなかったりしても、歳だからとみんな暗黙のうちに了解してくれました。地位の高い老人という立場は実に便利なものですね」
「奴はどうなった……?」
「自分自身の意識を取り戻し、今頃は戦況を見守っているんじゃないですか? もっとも、事態は全く理解出来ていないでしょうが。何せ十年以上眠っていたようなものですからね。そうそう、今後のゼーレですが、もう隠然たる権力は発揮出来ないと思いますよ。実は5号機以降の建造をスムーズに進めるために、メンバー各員に個人資金を提供させたんです。どうせ補完計画が発動すれば財産など無用のものとなるのだから、各国政府に予算を捻出させるための手間をかけるより自分達のお金を出した方が手っ取り早いと説いたら、みんな賛同してくれました。だから加持さんが明るみに出した事実を揉み消せるほどの力はもうないでしょう。財が消えれば権力も消えるのが世の常ですから。
 勿論僕も株や土地屋敷を売り払い、率先して資金を提供しましたよ。それでも余った分は各所に寄付をしました。あぁ、さすがに年金までは手を付けないでおいたので御心配なく。体の維持費は高額ですが、それでも充分な額は残るでしょう。1DKアパートで暮らしていけるくらいには」

 ……初めて、キール・ローレンツという男に同情した。

 下層の緊迫の度合いが増す。そろそろ輸送機が上空に達するのだ。諸々の動揺はまだ収まっていないが一旦しまい込み、ネルフ総司令としての威厳を繕い直して元通りに椅子に掛ける。冬月に呼ばれてやって来た、鎮静剤を持った医師やスタンガンと麻酔銃で武装した保安部員はさっさと追い返した。
 九機の輸送機が、白い羽を広げた九つの機体を投下する。輪を描いて降りてくる姿は天使にも鳥にも似ていたが、手にした剣は死神の鎌さながらに鈍い輝きを放つ。
 現存する地上の迎撃施設が、今日で最後となる派手な稼動を始めた。勿論通用してはいない。平然と一ヶ所に固まって着地した量産型達は、おもむろに剣を垂直に構え、一斉に足元へと突き立てる。アスファルト片を巻き上げて深く抉れる地面。ジオフロントへの道を造るつもりらしい。第十四使徒ほどの破壊力はないが、ロンギヌスの槍を模して製造された武器を九機がかりで振るうとあって、全装甲を破壊されるまでそう時間はかかりそうにない。あえて引き入れているとはいえ、刻々と迫ってこられるのは少し落ち着かない気分だった。
 ふと横へ目を転じて、俯いているリリスレイのいやに真摯な表情に気付く。足元の床をじっと見ていた。そう私には思えたのだが、実際には発令所より下の階層を見つめていたらしい。

       「……一緒に行くそうよ」

 言葉の意味を測りかねていると、急にオペレーターが狼狽の声を発した。初号機が勝手に動き出したと告げてくる。
 エントリープラグは挿入されていない。シンジもレイも搭乗していないというのに、初号機は自ら拘束を外して動き、射出用のカタパルトの上に乗った。暴走? 行くとは……どこに?
 リリスレイは少し言い淀んだ。言葉を選ぶような素振りを見せ、それから端的に、しかし明瞭な一言で答える。

       「彼方へ」

 瞬間、理解が出来た気がした。
 弐号機も動き出したとの報告が上がる。発令所は半ば混乱状態に陥った。アダムである者に、お前の仕業かと目で問い掛けてみるが首を振られる。

「ターミナルドグマへ向かった時に、タブリスが覚醒を後押ししただけです。今動いているのは彼女自身の意思ですよ」
「意思……」

 聞き咎めた冬月が神妙な眼差しをモニターへ向ける。弐号機もまたカタパルトに乗った。
 ジオフロントの天井を突き破り、量産型九機が瓦礫とともに降りてくる。だが着地すると同時にピタリと動きを止めた。制御下に入ったらしい。直立したまま次なる命令を待っている。その静止した姿は荘厳ささえ感じさせ、皆の動揺をも静めた。
 ジオフロントに佇む九機のエヴァ。
 カタパルト上に立つ二機のエヴァ。

「……初号機と弐号機をジオフロントに出せ」
「よろしいのですか?」

 皮肉交じりにでも機械的にでもなく、粛然たる態度で葛城君が確認してくる。無言で頷き返す。
 二機は相次いで射出された。

       「挨拶がしたいそうよ」

 行きましょう、とリリスレイが促す。
 席を立って歩き出す前に、私は右隣を向いた。

「冬月……」
「ああ」

 その横顔に翳りは微塵もなかった。

「私はここから見送るよ」





 初号機と弐号機は、量産型を背後に従えるようにして立っていた。ヒトの手で神より創り出された人間達。今、ヒトの前から去ろうとしている。二つの魂とともに。
 私達に少し遅れてシンジ、レイ、セカンドチルドレンも慌てて外へと駆け出てきた。

「父さん、母さんが……って、カヲル君!? 何で生きてんの!?」
「まあまあ、細かい話は後にして。今は彼女達の旅立ちを見届けよう」

 二機はこちらを向いている。見つめられていると感じる。
 リリスレイとアダムである者は黙って後ろに控える。
 力ない足取りでセカンドチルドレンがふらふらと前に出た。

「……行っちゃうの……? ママ、行っちゃやだ……ママ……」

 泣きそうな顔が、やがてゆっくりと泣き笑いに変わった。

「うん、私も……大好きよ……」

 シンジは真っ直ぐに初号機を見つめている。寂しげでないといえば嘘になる。だが悲しげでは決してない。
 その口元が柔らかな弧を描く。

「……うん。大丈夫だよ。今までありがとう、母さん」

 神妙な面持ちでいたレイ。不意ににこやかに笑い、はい、と力強く頷いた。

 周りに巡らせていた視線を初号機に戻す。初号機もこちらを向いている。
 長い時を経て、私達は再び見つめ合っている。

 ユイ。

 ユイ。

 行ってしまうのか……ユイ。





『もう、いいわね?』





「……ああ。もう大丈夫だ」


 ――君がいてくれたから。


「ありがとう……ユイ」


 その時私は、確かにユイの笑顔を見た。







 量産型に先導されて、光の羽を広げた初号機とそれに手を引かれた弐号機は、地上も空も越えて上昇し、彼方なる宇宙へ飛び去っていった。



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